ー4ー

 

 

「え〜、じゃあ点滴の針を抜きますね。」

院長は赤くなった左の頬を撫でながら言った。

そして、その目には若干の涙が浮かんでいる。脳をも震わす狐霊の

平手打ちを喰らったのだから相当痛いだろう。

そして、殴った側の狐霊の目にも涙が浮かんでいた。

理由は2つ。

(くぅぅぅぅ。この人顔が硬いよぉ〜。)と、キッと院長を睨む狐霊。

狐霊の手のひらにも壮絶な痛みが走っていた。

コンクリートとまではいかないが、とにかく本当に硬かった。

もう一つの理由は、カルテの事だ。狐霊の中でずっとセーブされていた感情が

今おもいっきり開放されたのだ。

メインは怒りで、後から悔しさが追い討ちをかける形である。

だが、今はもう殴ったことでスッキリしている。

カルテの件はもう許してやった。

点滴の針を抜き終えた。

「んくぅぅぅ〜・・・」

針の抜けた実感を得るために今までの鬱憤を晴らすかのように伸びをする。

「ん〜ようやく開放されたって感じだね。」

「うん、それはよかった。ではお母さんこれが領収証ですので一階の会計の所へお願いします。」



そういって院長は手に持っていた領収証を小雪に渡した。

領収証はうまく値段の部分が隠れるように折り曲げられていた。

その紙を受け取ると、

「はい。どうもお世話になりました。」

とだけいってお辞儀をした。

小雪はすぐに院長に背を向ける。

院長が小雪に対して背を向けるのもほぼ同時だった。

狐霊たちは黙って小雪についていく。

狐霊は長い、一本の緑の床をただ歩く。

今も猶、看護士の人たちはせわしなく歩き回っている。

朝食中に感じていた不安は今はもうない。

結局あれはなんだったのだろう。狐霊は、

(まぁ、不安が解消されたのはいいことだ。)

と思うことで水に流した。

因みに狐霊は不安の解消が手遅れを意味していることに気がつくことはなかった。

暫く歩くと左側に開けた空間が視界に写った。エレベーターのエリアだ。

狐霊らは今3回にいた。だからエレベーターを使う必要があった。

階段もあったが、別にどちらを使ってもかまわない狐霊は何もいわない。

小雪はエレベーターのスイッチを押した。すると何故か透が


「あ」

と小さく声を上げた。

そして、そのまま

「小雪さん。少しの間狐霊借りていいですか?会計終わってからでいいんで。」

といった。

小雪は、

「ええ。別にかわないけど。いいわよね狐霊?」

「うん?別にボクも問題ないケド。」

「よし。んじゃ後で病院の屋上来てくれな。」

そういった直後に、ポーンという音がした。狐霊たちのエレベーターが来たらしい。

それに透だけ乗らずに残った。ガコガコと自動ドアが閉まっていった。



エレベーターはすぐに一階についた。

ドアが開くなり小雪はさっさと会計のある方へ早めの歩調で歩いていく。

会計のところには二人くらい人が並んでいた。

一番前には幼稚園児くらいの大きさの女の子が、お母さんらしき人に抱かれていた。

その子は狐霊と目が合うと、キャキャと満面の笑みを浮かべてバタバタと手を振ってくる。

狐霊はそれを見るとなんだか微笑ましく思えた。なので、狐霊も小さく笑って手を振り替えしてあげた。

「ママー。おねえちゃん、おててふってくれたー。」



と狐霊の方向を指差すチビっ子。

ピキッ!と狐霊の心にヒビが入った。

くぅ。ボクってもうそんなに男とかけ離れた存在になってますか!?

指を指しているほうをむいたその子のお母さんらしき人はなんだか気を使ったように

ペコリとお辞儀をしてくださった。

狐霊もそれにつられて、ついついペコリとお辞儀をしてしまう。

心の奥底では[ボクはおねえちゃんじゃなくて、おにいちゃんだよー。]と言おうとしていたが、

チビっ子の夢を壊してしまいそうだったのでここは必死にこらえた。

後ろでは、狐霊の心情を知ってか知らずか、唯衣がケタケタ笑って時折ひっひっとお腹を押さえている。

そんなに面白いかよ。と狐霊はだらーとうなだれる。だが、

(くっ!いつまでも気にしていたって仕方ないんだ!)と

立ち直り(開き直り)の早い狐霊だったのです。

で、どうやら母とチビっ子の会計は終わったようだった。

2人目は、

(・・・・・・おぉ)

ビールっ腹のオヤジです。恐らくは糖尿病かな?と勝手に適当な推測をする狐霊。

後ろにはすごくイヤそうな顔をした唯衣が。

「そんなに気に入らないの?」

と小声で聞く。



「いや、だってさ。おかしいじゃん?アレ腹つっかえてカウンターの奥に居る人に手が届いてない――

うぉぉ!無駄に頑張って手を伸ばしてやがる!やめろやめろ!そんな醜く歪む腹を私に見せんなー!」

それでも唯衣はあくまで小声である。でも確かにコレはきつい。

カウンターのほうから手を出せばいい話なのだがその人さえも凄く引いているために

手を伸ばしても届かない

カウンターの人も大変だと思った。ビールっ腹のオヤジがあまりにも必死すぎてみてるこっち側の方が、

辛いというのにめげずにオヤジから書類を受け取ろうとこちらも必死に手を伸ばしている。

(すごい・・・)と狐霊は思った。

人ってやろうと思えばここまで必死になれるのか。

というのはよい方向に向かうただの妄想でしかない。

(凄いよ!この人たち、すんごいバカだ!)

えぇ。もう見るに耐えない光景を晒してくれやがって。カウンターの机の上に置いとけばいいじゃん。

小学生以下の脳してんの? と後ろから唯衣の声。

アホだアホだアホだアホだアホだアホだアホアホアホバカこーのー。

と周りになんとも黒いオーラを出して何度も呪文のようにブツブツと呟く唯衣。

その黒いオーラを見た人たちは、ビクッ!と震え、小さい子供たちは泣き出してしまう。

会計とオヤジの奮闘はそんな唯衣を、見た瞬間ピタリと停止する。

そして会計さんとオヤジさんは顔を見合わせてアハハと笑い、机を介して会計を済ませました。

もっと早くこうしてればよかったのに。ごめんね、透。遅くなります。



で、その後、ようやく狐霊たちは会計を済ませることができたのでした。

そして、狐霊は階段を上っていた。エレベーターでは屋上までいかず、9階で止まってしまうからだ。

ちなみに小雪と唯衣は駐車場で待っているとのことで、今はいない。

狐霊は駐車場の位置を知らなかったので、そこらへんで見つけた[院内マップ]を

手に取っていた。ご丁寧なことに、院内だけでなく駐車場の位置までしっかりと記されている。

だが、狐霊はそのパンフレットを見るとかなり驚いていた。

この病院は相当な広さを誇っていた。

本来マップというのは迷わないようにするためにあって、こんなパンフレットを用意している

という時点である程度の広さがあるということはとっくの昔に悟っていた狐霊だったが、

やはりrealとimaginは差が大きすぎると改めて思い知らされる。

(そういえば、透は何のためにボクを屋上なんかに呼んだんだろう。)

案顔思い当たることがありすぎてむしろ分かんない。

殺風景な階段エリアを黙々と上り続ける。

すると、コツ、コツ、と足音に誓い音が響き渡った気がした。

ギクッ!と狐霊の心臓が跳ね上がった。本来屋上は関係者以外立ち入り禁止というスポットだからだ。

狐霊は立ち止まって、ぐっと息を殺す。

が、何の物音も聞こえることはなかった。

どうやら、自分の足音だったらしい。

ホッと息をついて再び歩を進める。狐霊の背後では黒い影がうごめいていた。

 

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